1830年代になると、大飢饉が数年間も続き、農民や町人の苦しみは深まった。元大阪町奉行所の役人、大塩平八郎は商人が人々の苦しみをよそに米を買い占め、役人もそれを取り締まることをしないことに憤りを感じ、買い占めをする商人等を襲い、米やお金を貧しい人々に与えた。